平和について語り合い、憲法を考える場をつくりたい。カフェナインズはそんな思いで集まっています。あなたも一緒にいかがですか?


by cafe_9s1204
cafe9s企画案内・トークアッセンブリ

「憲法のいま・これから ―改憲と非国民―」
  


【時】 2007年6月16日(土) 19:00~21:00
【処】 ひと・まち交流館 京都 2階 第1会議室 (河原町正面)
アクセス:http://www.hitomachi-kyoto.jp/access.html
【発言者】 萩原一哉、島原登志郎、他

憲法が変えられるかもしれない。そんな状況が生み出されている。

だからこそ、私たちは一度立ち止まって考え、話し合ってみる
必要があるのだと思う。今度の学習会のテーマは、「非国民」。

憲法には「われら日本国民は…」と書かれ、改憲手続法の
名前は「国民投票法」と名づけられている。んっ、思えば憲法を
語る言葉には、「国民」という語のオンパレード! だとすれば、
「憲法を守れ」と言うとき、「国民」でないものを排除しない視点を、
つねに大切にしなければならないのでは?

一人ひとりの生きる権利を見つめ、社会的マイノリティを排除する
暴力を生み出さないために、いま私たちができること。

【お問い合わせ】 Cafe9's (カフェナインズ)
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[web] http://www.geocities.jp/cafe_9s1204/
[mail] cafe_9s1204@yahoo.co.jp
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# by cafe_9s1204 | 2007-04-17 23:30
起業準備中の障害当事者として

★はじめに★

●障害者は、福祉だけか?
現在、府の障害者に関する相談窓口は「福祉」に偏っているような気がするが、障害者の社会参加、特に仕事を持って経済的自立を果たしたいと考えるものにとっては、このレベルでは役に立たないと思う。本年4月より国の障害者自立支援法が施行されて、ますます当事者自己責任のもとに自力で生きることを求められているにも関わらず、フォローする対策がなければ、障害者はいっそう貧困の悪循環に陥るしかない。現実に車椅子に乗りながら路上生活を余儀なくされている人もあるが、今後はそうした人がもっと増えるおそれもある。
具体的な話ではこれまで無料で支給された車椅子ひとつとっても購入となれば大きな負担が伴うわけで、少なくとも、当事者がそれを支出できるだけの経済力を持つために、就労の機会を保障される必要がある。そこで、ここでは府の就労支援の中に書かれた障害者政策について知事候補者のご意見をおききしたいと思う。

★問題は「能力」なのか~IT等のキャリアアップ支援策に思うこと★

2005年12月に策定された府の「新京都府雇用創出・就業支援計画」の中では、「2.地域経済・社会を支える人材の育成・確保-5)障害者の職業的自立支援」という形で、在宅就労を促進するためにIT技能のキャリアアップ(「IT等のキャリアアップ支援」)を行うとしているが、依然として障害者「法定雇用率1.8%、2010年目標」でしかない現状の中で、はたして障害者の職場確保や職業訓練などの支援だけで解決するのか。はたして障害者は能力がないから就労できないのか(一般の求職者でもパソコンができたところで職にありつけるわけではない)。
様々なフィルターをかけられる障害者が、人によっては不得意な分野をわざわざ訓練しても、はたして雇用に結びつくのか。

★その上に「合法的」な年齢制限で、八方ふさがり★

他にも差別を禁止しているはずの年齢や性別が、事業主から敬遠される要因になっている。そうなると、障害を持つ中高年女性にはまったく就労の道が閉ざされているといわざるをえない。府の正規職員定期採用においても、1985年から障害者雇用枠があるが、基本的に年齢制限があるのでは、特に中途障害の働き盛りにとっては全く意味がない。府が採用において率先して「年齢・学歴不問・障害者雇用」をすすめていくことこそが、民間事業所に影響力を持つといえる。この場合、一方で若者の就職難のことが引き合いに出され、「新卒でも就職できていないのに」中年の、しかも障害者が就職できないのは仕方がないという風潮がみられるのも残念である。

★法定雇用率を無視する事業所★

●不安定雇用の増加の中で一番先に排除
法定雇用率は達成しなくても、(事業所にとっては)わずかの罰金を支払えば済むという現行のやり方にも問題はないのか。しかも、官庁関係ではすでに定期の新規採用者数だけで「法定雇用2.2%」を満たしている場合が多く、そのせいもあってか中途で採用することには消極的である。したがって、官公庁であっても新卒で法定雇用を満たしているところでは、中途採用で障害者を雇用することはほとんどないと思われる現に、身体障害者や視覚障害者が働きにくい建造物の中で重たい資料を動かす仕事の多い府庁の臨時採用面接の経験を持っている者によると、ここでも不採用の事由として、障害者雇用制限があった。表向きの理由は車椅子用のトイレがないとか、階段があるということになっているが、効率の悪いものを排除したいという本音は隠せなかったようだ。

また、現実には事業所によって巧妙に仕組まれた短期雇用・短時間雇用が多い。その結果、障害者雇用の際に事業主に支払われる給付金も出ない、障害者を雇用することで給付される建物改装のための金が出ないという問題もあると思う。つまりこのような形態で採用している事業者にとって目先のメリットがまったくないということになる。一般にみられる不安定雇用の常態化がさらに障害者を雇用の場から排除しているということだろう。これはかなり問題である。本来、職員数が十分にあれば産休代用職員などを臨時に採用する必要もないわけで、半年とか三ヶ月といった短期の求人で求職者が転々と振り回される事態は防げるのではないか。

★障害者はITさえ出来ればよいのか★

●障害者だって、多様な能力を持っている
~だからこそ、「バリアフリー」やねん。
また、障害者は在宅でITという発想自体、障害者の個性や能力を一面的、画一的にとらえており、経験も技能も多様な(特に多くの中途障害者にとって)当事者の就労機会に制限をかけるものではないだろうか。例えば車椅子利用者であってもITより営業や人と接する仕事が得意な人もある。さらに障害の原因となった病気の種類によっては長時間のパソコン作業に向かない場合もある。障害者=動けない=デスクワークという発想には思いこみ以外の何らの根拠もない。画一的に、在宅就労を進めるのではなく、一般の求職者と同等の就業政策が必要ではないか。そのためにも、雇用主を対象とした障害当事者理解のための研修などを行って、障害を持たない人と分け隔てなく労働の権利が保障されるようにすべきではないか。さらに、障害者が外で働いても何ら問題がないように交通機関やオフィスのバリアフリー化を進めて、アクセシビリティを高めていくことを義務づける必要もあるだろう。

★審議会のありかた★

●誰が叩き台を作るのか…そこに障害者がいない!
なお、この「計画」を作るために2005年4月~2005年11月にかけて開催された「京都府雇用創出・就業支援計画推進会議」であるが、の審議委員メンバーの中に障害を持つ当事者の登用がない。障害当事者の視点を持つものが入らずに障害者の就労問題を討議するところに限界があると言わざるをえなく、ヒヤリングも委員に対してだけでなく、現実の問題を抱えている障害者に対するものが必要ではなかったのか。

★課題は…★

●急がれるNPOや起業支援~資金面での支援も
障害者の場合、なんとか就職を果たしても受け入れ体制が十分でなかったり、職場環境、人間関係や体力の問題などでその後就労を継続できなくなり、一般事業所で働ける能力はあっても授産施設やデイケアに移るという人も少なくないようである。障害者が働くということを職場の人権問題として、たとえば「学校カウンセリング」のような支援体制を障害者の就労支援としてもうけることは不可能であろうか。さらに、ここは少し従来の「働き方」とは視点を異にする事業経営のありかたも検討されるべきではないかと思う。特に障害者自身による事業興しやNPOの主宰など、障害者のあたらしい働き方に関する実効性のある支援に、予算面での支援も含めて、もっと府として力を入れてほしい。
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# by cafe_9s1204 | 2006-03-16 19:30 | 実行委員からのメッセージ
9条を守ろうということで集まったメンバーで、初企画として開催した「カフェ9’s」が終わってから10日ほど。同じような問題関心や考えを持っていながら、それほどの交流を持つ機会にめぐまれなかったそれぞれが、試行錯誤しながら、議論をし、イベントを練り上げてきたこの間の時間は、私にとって、ほんとうに有意義なものだった。

「若者が憲法を守るために何かできることを」という一人の呼びかけが、それぞれの経路をたどり、ばらばらだった個人のもとへ届いていく流れが、実行委員会という場やイベント当日への参加を促していった。集まったのは、動員された運動員ではなく、世間一般に言う「若者」というカテゴリーに収まらない多様な顔を持つ個人である。だから必然的に、初発の呼びかけにある「若者」だとか、「憲法を守る」だとかといった、分かったようで分からない言葉の問い直しをも生み出していった。あるいはまた、この運動そのものの意味を毎度毎度の会議で問い直し、議論していくというスリリングな瞬間を孕みながらの作業だった。その一連の過程こそが、この「カフェ9’s」そのものであり、語の忠実な意味での「運動」=「流れ」だったのではないかと思う。

12月4日は、三条河川敷に100名を大きく超える人たちが集まった。ライブパフォーマンスを終えた後、私は司会者としてティーチイン(討論集会)という場を担当し、参加者間での意見交流を行った。降りしきる雨と、凍てつくような寒さのなかで、震え縮こまった身体を、開かせてくれるような多くの意見が飛び交った。そんないくつもの言葉に身体を晒し、内奥へと刻んでいく快感と、思考の経巡りが、思ってもみない言葉の創造を生み出してくれたように思う。

12月4日だけで終わらないでおこうと、実行委に集まった私たちは思っている。議論の場は、さらなる議論の場を求め続けるはずだと思うからだ。かけがえのない言葉や想念を生み出してくれた議論の場へ、もう一度、その言葉を送り返すために、ここで私自身が12月4日に感じ取ったいくつかの論点を列挙してみたい。
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① 「9条を変えて戦争をする国にするな」というスローガンは正しいか?
このスローガンには、「戦争をしない国」から「戦争をする国」へ、というイメージ(共通了解)が込められている。だけど、それは正しくないというよりもウソである。正確に言えば、日本が戦争をしなかった時期は、近代史のなかで一度でもあったためしはないのだ。朝鮮戦争やベトナム戦争で、戦地へ飛び立った米軍はどこから出撃しただろうか。米軍の使用した銃器はどこで製造されただろうか。答えは、「平和」憲法下の日本である。湾岸戦争でもアフガン=イラク戦争でも、日本は米軍の後方で行動してきた。戦後27年間、分離統治された沖縄では、今日に至るまで米軍基地が集中し、まるで戦場のような日常が続いている。これらの事例を無視して、憲法を語るのは、まやかしではないのかと思うのだ。

しかし、このスローガンが、運動をする側の共通了解になりえるのには、それなりの背景があるのも事実だろう。爆弾の雨がやみ、青年たちが戦場から次々と帰還する戦後直後の風景は、「平和」を民衆的実感として体得した瞬間だったし、そこで手にした「新しい憲法」は、まさしくその実感を的確に表現した言葉だっただろう。あるいはまた、砂川や内灘といった地域で米軍基地建設に抵抗した人々にとって、「平和憲法」は「勝ち取った権利」だったにちがいない。ビキニ環礁で水爆実験に遭遇した船が帰港したとき、それは戦後の民衆にとって、突如として現れた未来の戦争の影として写っただろうし、原水禁運動がスローガンとした「二度とふたたび(ノー・モア)」は「平和憲法」の再読を通じた過去の戦争への反省だったと思う。

ここに列挙した一つひとつの記憶は、大切なものにちがいない。しかし、と私はもう一度問うてみたい。戦後60年間、日本が平和だったというのは間違いではないのか。ある一つの事例を挙げてみたい。朝鮮戦争のさい、在日朝鮮人たちの多くが反戦運動を起こした。関西でも、吹田や枚方で、朝鮮人たちと共産党の青年党員たちによって、大きな反戦運動が起こっている。解放されたはずの故郷が、ふたたび戦場と化した朝鮮人たちにとって、戦争は過去のものでも、未来のものでもなかったはずだ。同胞たちが殺し殺される朝鮮半島に日本から軍用列車が向かっていく光景は、彼らをして、戦争が<今ここ>に起こった現在進行形のものとして捉えられたにちがいない。この事実を、憲法を語るさいにも忘れてはならないだろう。

「旧憲法=侵略戦争の過去」「今の憲法=戦争をしない現在」「自民党が作った改憲案=戦争をする未来」という視点は、やはり誤りだと思う。戦争を、同時代の、同じ社会のものとして捉える想像力を、私は、提起したい。

② 「大きな運動」をおこせばそれでいいのか?
憲法の改正手続きには、衆参両議院の3分の2と国民投票で過半数の賛成を要する。だから「大きな国民的規模の運動」が必要だという声がある。確かにそうかもしれないと、私も思う。だが一方で、「大きな運動」をおこせばそれでいいのかという疑問も付きまとう。

そもそも「大きな運動」とは何だろうか。あるいは「多数派を形成する」とは何だろうか。この言葉の指している意味はそれほど複雑ではない。それは、「社会の成員の多数が同意をする」ということだ。もっと厳密に言えば、「社会の成員の多数が同じ立場に立つ」ということだ。

しかし、もともと少数派を決定づけられたものにとって、多数派の合意とは暴力でしかない。例えば、障害者や性的マイノリティ、難民や「不法滞在」の外国人たち、そんな多数派にはなりえないことを決定づけられた人々にとって、多数派の合意は、自分たちの政治的意思表示を圧迫する存在になりかねないのだから。さらに言えば、政治的意思表示すらもできない人々が、そこでどう扱われるかを考えてほしい。

ここまで読んでくださった方には、私の発話の意図を測りかねるという疑問をもたれるかもしれない。「平和憲法」を守ることはいいことだし、いいことを多数の意見にしていくことは大切だと思われるかもしれない。私もそれには同感なのだけど、同時に考えなければいけないこともあるように思う。

それは、憲法運動はナショナリズムとつねにかかわりを持ち続けているということである。憲法は、どんな憲法であれ、「国民」を創造する。そして「国民」から零れ落ちる「非国民」を創造する。現に、日本国憲法は「日本国民は…」という書き出しで始まっているし、そこに書き込まれたいくつもの権利は、日本国民に保障されたものにすぎない。

この文章の最初に定義した「少数派」=「多数派になりえないもの」という定義を、ここでもう一度言い換えるならば、「非国民」とは「国民になりえないもの」として「国民」の側から定義される存在なのだということだ。この社会は日本国民だけで構成されているわけではないという当たり前の事実を、憲法(運動)はつねに取り逃してしまうといえまいか。

「国民」と「非国民」の境界線は一定ではない。戦前であれば共産主義者、同性愛者、ハンセン病患者は「非国民」だったし、戦後は旧植民地出身者を「第三国人」として「非国民」化してきた歴史を、この社会は持つ。一方で、日本国憲法の条文は「権利を日本国民に保障する」としか書いてはいないが、権利とはそもそも、この「国民」と「非国民」の境界線を「非国民」の側から問い直し、揺るがせる運動のなかで勝ち取られてきたものだったはずだ。

少数派/「非国民」の視点から憲法を読み直すことで、憲法の持つ限界を越えていく可能性を探っていかなければならないのではないかと思う。

③ 「戦争」とは何か?――反戦運動と「憲法」
イラク戦争が起こったとき、多くの学生や市民が街頭に出て、反戦デモをした。私もそんななかの一人だ。あの時のあの光景は、今でも鮮やかに蘇ってくる。おそらくそこにいた誰もが戦争とは何か、戦争を止めるにはどうすればいいのかを、手探りで考えていたにちがいない。私があの時考えていたことの一つをここで書けば、イラク開戦前のデモに見られた「始める前に止めよう」というスローガンに違和感を持ったことがある。ある日突然に戦争は始まらない。ブッシュ大統領が宣戦布告をする前から、アメリカ軍はイラクに向けて飛び立っているし、国境を接する国々の検問所は、戦争を逃れようとするイラク人たちを追い返し始めているはずだと思ったからだ。国境が閉ざされたとき、人々に残されているのは生きることを運命にゆだねることでしかない。戦争に向けた国境閉鎖は、イラク全土が「死の強制収容所」と化す事態なのではないかと思ったのだ。その意味で戦争はすでに始まっている。だから、私は、「国境を閉ざすな」「日本は難民を受け入れよ」と叫んでいた。「始める前に止めよう」という市民の隊列にも、「アメリカは安保理決議に従え」という共産党系の隊列にも、かなりの反感を覚えたのである。

そんな手探りの問いかけが憲法運動にも必要なのではないだろうか。毎年2回行われている憲法集会に顔をのぞかせて違和感を覚えるのは、運動が憲法という既成の文章に寄りかかって運動のなかから言葉を作り出す努力を怠ってきたのではないかという疑念である。

イラク戦争のさい、デモに参加した市民から憲法9条を叫ぶ声がきわめて少なかった事実を思い出そう。それは、自然発生的運動だったために市民の情勢認識が憲法を口にするほど発展していなかったなどという硬直した党派的思考では理解できない。むしろ、それは、今引き起こりつつある戦争という事態に対して、戦争を語り批判する言葉を探し出そうとする、参加者たちの真摯な姿勢だったのではないだろうか。

「戦争は憲法違反です」という言葉は、それを発した瞬間に思考停止に陥る。なぜ戦争がいけないかを自分の言葉で思考する労を省いてしまうからだ。今何が起こっているのか、自分たちの生活はどう変わるのか。その不安感や焦燥のなかで、一人ひとりが考え議論し、何をすべきかを見つけていく、そんな作業をしていかなければいけないのではないか。

最後にひとつだけ提起をして終わりたい。今、世界では「戦争」のありかたが変わりつつある。冷戦体制が終わり、国家間戦争が減るなかで、内戦や地域紛争といった非正規戦争が多発し続けている。また、資本のグローバル化が進むなかで、社会的マイノリティに対する監視や管理が強化されつつある。「秩序の維持」を名目に、軍隊が警察と共同で行動したり、NPOや民間企業が軍や警察とともに治安対策にあたったりする動きが目に見えて増えてきた。ある論者の言葉を借りれば「ミクロな殲滅戦争」が日常的に生じているのだ。日本も例外なくこの傾向にある。

憲法9条はたしかに交戦権を否認している。しかし、9条はこうした「新しい戦争」の姿を想定した条文ではない。現に現行憲法においても、政府は「新しい戦争」をすることは可能であるし、実行してきているのだ。だから、今、問わなければならないのは、戦争とは何か、なぜ戦争に反対するのか、そのために何ができるのか、という一連の連続する問いではないだろうか。戦争の概念が変わったのなら、「新しい戦争」すらもできないように縛りを掛けうる条文を盛り込もうと議論するのも、いいだろう。あるいはそもそも国家なんていらないというアナーキストの主張に耳を傾けるのも面白い。

かつてチェコスロバキアの作家ミラン・クンデラは共産党による独裁体制の「非-思考」を批判し、数々の作品を物した。

「神聖にして犯すべからざる確信の上に建てられた世界においては、小説は死ぬ。全体主義的な世界とは――それがマルクス主義に、あるいはイスラムの教理に、またいかなるものに根ざして建てられたものであれ――問いかけquestionsよりはむしろ答えanswersの世界です。そこには小説に居るべき場所はありません。」(ミラン・クンデラ)

問いかけること、そして行動すること。そうした試みの一つひとつが、今私たちに求められている。
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長文、失礼しました。企画の当日、言いたかったことや言えなかったことを考えているうちにダラダラと書いてしまいました。

それぞれの問題意識を書き合おうと始まった、このBLOG。運動は一致点だけでは形成しえない、一致点を形成するための作業から始めねばという思いから、言いたいことを、誰かがきっと読んでくれるにちがいないというかすかな希望を持って、独白のようにぶちまけてしまいました。これを読んだ方、反論でも苦情でも感想でも何でもいいのでレスを。またこの文章に誰かが続いてくれることを願って、筆を擱きたいと思います。(by HG)
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# by cafe_9s1204 | 2005-12-15 23:40
・武器を持たないと決めた9条が存在する今でさえ、世界第2位の軍事費を持ち、沖縄に米軍基地が一面に存在し、イラクに自衛隊を派兵しているのに、この条文を変えることを許してしまったら歯止めがきかなくなること

・9条を変えることを核にして、全ての民主主義のレベルが今以上に後退すると思うからです。

今考えていること

 自衛隊が自衛軍になっても、徴兵制にはならないと私は思います。華氏911で観たアメリカのように、それを決定する国会議員の子どもは武器を持たなくていいし、低所得層の青年(フリーター、在日外国人、外国人労働者)が自分から志願すると思います。労働者の雇用形態の後退、保険制度の後退、一部の子がわかればいいという教育方針とか、学費が高いとか、全部が低所得層を作ることに結びついていると思います。

 今でさえ、少年の荒れが社会問題になっているのに、人殺しOKの国になったら、子どもは敏感だし、もっとひどくなると思います。

 女性の人格や性教育に対してバッシングされるのも、女性や性的マイノリティーが人格を主張したら、「男らしさ・女らしさ」や結婚形態がゆらいでしまって、守るべき国家像がなくなってしまうからではないでしょうか。この間まで、子どもを生まない非生産的なことをされたら困るからだと思っていたけど、これは浅い理由な気がする。 夫婦別姓があかんとか、 当人同士が決めることまで政治が口出しするのは、あやしいと思います。知識がないのでカンで書いてます。勉強します。

 戦争中、戦争画を描く画家には絵の具が配給され、協力しない画家には配給されませんでした。価値観を、勝利に役立つかどうかでしか認めない社会は、絶対おもしろくないと思います。
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# by cafe_9s1204 | 2005-12-04 00:12 | 9条について

「世代」と憲法9条

 平和のメッセージグッズ紹介、頒布活動を一人で続けていますが、その活動の性質上、様々な世代、年齢層の人たちと出会えます。
 
 彼らを見ていると、各世代で平和活動への取り組み方に違いがあったり、世代間で互いにギャップを感じて居るらしい事を感じることが多いのです。
また、30歳代から40歳代の姿を見ることがあまり無いことも気になります。

 憲法9条は、戦争放棄することで、人が国家によって殺人を強要されたり、自らが殺されたりすることをくい止め、人が「人間として」「生き」る権利を保障しているものだから、あらゆる世代にとって、守り活かす意味が充分にあると考えます。

 当然のことですが、社会は常に様々な世代が共存して構成されているものです。世代間の継承や伝達がある程度なければ文化は消えてしまうのではないでしょうか。

平和活動に関して、その必要な継承は出来ているでしょうか。新たな創造は出来つつあるのでしょうか。

 冒頭に挙げた観察を基に、平和活動に関しても、世代間で大きな断絶が生じ(てい)ると仮定するなら、それは若者の部類に入る私にとっても不安な事です。

「平和への想い」や「行動力」を、あるいは受け継ぎ、あるいは発展させていきたいのです。

それを実現するにはどうすれば良いのか。これが私の関心事なのです。
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# by cafe_9s1204 | 2005-12-01 21:18